歯科治療中の過換気症候群

過換気症候群の病態

過換気症候群は一般的には過呼吸と呼ばれることがありますが、医学的には

過換気症候群(英語ではhyperventilation syndromeと表記します。

 

局所麻酔後や抜歯中に患者さんから息が苦しいと言われ、よく見ると「ハァハァ」と息を切らせながら話していたといった経験はないでしょうか。

過換気症候群は血管迷走神経反射と同じく、過度のストレスが原因でパニック状態になり、

深く速い呼吸を繰り返している状態です。性別では女性の発生頻度が高く、20~30代の比較的若い年齢層に多いのが特徴です。

また精神疾患を合併している患者に多いことも報告されています(日救急医会誌.2013;24:837-846)。

症例報告
過去に一例、切開排膿処置中に過換気症候群を発症した高齢男性患者の症例を経験しました。初見では高齢男性が深く速い呼吸を呈していたため、循環器または呼吸器疾患の増悪を疑いましたが、家族から過換気症候群の既往があることを聴取し、診断にいたりました。高齢男性では珍しいので、論文で報告しています。論文はこちら

成人の呼吸回数は安静時で1418/分ですが、過換気症候群ではストレスによって呼吸数が増加し、60回/分以上となる患者さんもいます。

私は過換気症候群「二酸化炭素吐きすぎ病」と呼んでいます。

「換気(呼吸)」は酸素を取り込んで二酸化炭素を排出することですので、それが過度に起こると二酸化炭素が体外へどんどん排出されます。二酸化炭素は炭酸ガスと言われる通り、揮発性の酸です。酸の体外への排出が進むと、身体はアルカローシス(血液がアルカリに傾く病態)となります。アルカローシスには代謝性と呼吸性がありますが、過換気症候群は呼吸が原因ですので、呼吸性アルカローシスの状態です。

(よく教科書などに過換気症候群では患者は呼吸性アルカローシスを呈すると書かれているのはこのためです。)

 過換気症候群の症状

アルカローシスになると、血液中のタンパク結合型カルシウムが増加し、イオン化カルシウム(Ca2+)が低下します(この状態を低カルシウム血症と言います)。Ca2+濃度は筋収縮に関連しており、濃度が低下すると、四肢末端のしびれ感や助産師様の手つきなどのテタニー症状(強直性の筋収縮)を引き起こします(下図参照)。

一般的には過換気症候群といえばテタニー症状のイメージですが、実際はテタニー症状がでない過換気症候群の症例にも遭遇します。私の経験上、「身体がしびれて動けない、立てない」といった訴えをされる方が多い印象です。テタニー症状がないから過換気症候群ではないと安易に決めつけないことが重要です。

 

酸素に関しては取り込みが増え、むしろ動脈血酸素分圧は普段と比べ上昇することもあります。従って動脈血酸素飽和度(SpO2)は低下しませんし、酸素投与は不要です。(稀に過換気後に無呼吸を呈する患者さんがいますが、その場合はSpO2が低下する可能性があり、注意が必要です。)

 

患者さんはパニック状態であることが多く、バイタルサインの変化としては血圧や脈拍数はやや高値を示すことがありますが、そこまで大きく正常範囲を超えることはないと思います。

過換気症候群の診断のポイント

患者さんのストレスとなる処置(イベント)後に発症している

局所麻酔時の痛みや刺入に対する恐怖心がストレスとなるため、局所麻酔時に起こりやすい偶発症です。

身体のしびれやテタニー症状がある

呼吸困難感があり、呼吸数が多い

呼吸数の評価は過換気症候群の診断には重要です。歯科麻酔科医は患者さんの胸やお腹を見て、呼吸数や呼吸の深さを評価しますが、慣れていないとわかりづらいかもしれません。聴診器があれば頸部(甲状軟骨と胸鎖乳突筋の間)聴診で、呼吸数を測定する方法(下図参照)がわかりやすいと思います。聴診器で「ザァーザァー」という呼吸音が聞こえるので、1分間にそれが何回聞こえるか評価します。成人で20/分を超えるとやや多い印象ですし、30/分はあきらかに多いと考えます。

 

 

過換気症候群の対応法

患者を座位または半座位にし、衣服を緩める

座位にすると呼吸が楽になる(感じる)ため、水平位であればチェアを起こしてください。患者さん自ら起き上がりたいと言われることも多いです。

 患者にゆっくり呼吸するよう指示し、また過換気症候群が生命の危機につながるような重篤な病態ではないことを説明する

患者さんは「息が苦しい」とか「呼吸ができない」など症状を強く訴えられますが、バイタルサインに大きな異常はありません。まずは落ち着いてもらうよう声掛けをしたり、家族がいれば一緒に対応してもらうことも有用です。腹式呼吸を意識させ、そばで声をかけながらスタッフと一緒にゆっくりとした呼吸を続けてもらうことが効果的です(診断と治療 2014;102;Suppl. 263-266)。

上記の対応で改善しない場合はジアゼパム、ミダゾラムなど抗不安薬の投与を考慮する

この方法が原因となっているストレスの緩和に最も効果的です。しかし静脈路確保の必要があり、また抗不安薬は呼吸抑制のリスクがあるため、歯科麻酔科医など専門家による実施を推奨します。

紙袋を用いた呼気再呼吸(ペーパーバッグ法)は効果が不確実であり、

低酸素血症や心筋虚血を合併する危険性があるため、現在では推奨されていません

(診断と治療2014;102;Suppl.263-266)。

今回は局所麻酔後に起こりやすい全身的偶発症である過換気症候群についての解説でした。

AneStem YouTube でも動画で詳しく解説をしていますので、ぜひそちらもご覧ください。