血管迷走神経反射の病態
歯科医院で局所麻酔(浸潤麻酔や下顎孔伝達麻酔)を行うことは多いですが、麻酔中または直後に
「先生、気分が悪いんです…」
と真っ青な顔で訴える患者さんに遭遇したことはないでしょうか?
局所麻酔後の急変(全身的偶発症)としては
・過換気症候群 ・アナフィラキシー ・局所麻酔薬中毒
など原因は色々とありますが、
最も多い偶発症は「血管迷走神経反射」です。
血管迷走神経反射は、以前は『デンタルショック』『神経原性ショック』『三叉迷走神経反射』
『疼痛性ショック』『脳貧血発作』
など様々な名前で呼ばれていましたが、現在は教科書や歯科医師国家試験の用語としても
「血管迷走神経反射」で統一されています。
局所麻酔に関連した血管迷走神経反射の頻度は高く、米国の報告では局所麻酔を行った患者の
0.65%(約150人に1人)に認められたと報告されています(J Oral Maxillofac Surg. 2008;66:2421-33.)。
発生機序として痛み、不安などのストレスによってまず交感神経が緊張し、これに続く間接的な迷走神経緊張状態から循環抑制が起こるため生じると考えられています(これ以外にもいくつか発症機序は提唱されています)。
血管迷走神経反射の症状
気分不良、顔面蒼白、意識消失(意識を失いそうな感覚)など
徐脈や血圧低下、動脈血酸素飽和度(SpO2)の低下 など
※徐脈の直前に一過性の頻脈が認められるとの報告もありますが、非常に短時間の変化であり、私の経験上、頻脈を確認したことはありません。
血管迷走神経反射という名前の通り、ストレスによって副交感神経である迷走神経の緊張が亢進することで起こる偶発症です。副交感神経というと一般的にリラックスしているときに優位になっている自律神経というイメージがあります。
語弊があるかもしれませんが、私は血管迷走神経反射の症状は
『人がリラックスしすぎて起こっている』ものと考えればわかりやすいと思っています。
人はリラックスすると、脈がゆっくりになる⇒リラックスしすぎると、脈が遅くなりすぎる、つまり徐脈(心拍数60回/分未満)になる。リラックスすると、血圧が下がる⇒リラックスしすぎると、血圧が下がりすぎる、つまり低血圧になる、というイメージです。
患者さんの気分が悪いのも、顔が真っ青なのも血圧が下がって、低血圧で脳に血流が十分届いていないこと(脳血流の低下)が原因です。また脳血流がさらに低下すると意識消失につながりますし、意識が朦朧とすれば呼吸も浅くなり、SpO2低下することも理解できると思います。
血管迷走神経反射の診断のポイント
患者のストレスとなる処置(イベント)後であること
局所麻酔は刺入の痛みや恐怖心がストレスとなりやすいため、起こりやすいとされています。また抜歯や切開排膿などの外科的処置で発症するケースや、過去には非常に恐怖心が強く、治療の説明中(処置前)に血管迷走神経反射のため失神した患者さんもいました。
徐脈、低血圧が認められること
症状がある患者さんでは心拍数60回/分未満、収縮期血圧80 mmHg未満など徐脈や低血圧が認められることが多いです。これを評価するためにはバイタルサインの測定が必要で、血圧計やパルスオキシメータを歯科医院に準備しておいてください。
血管迷走神経反射の対応法
患者の衣服を緩め、仰臥位にして下肢を挙上する
患者さんが座位であれば、まずチェアを倒し、仰臥位にしてください。次に膝の下に段ボール箱(しっかりしたもの)などを挿入し、下肢を約30 cm挙上します(下図参照)。下肢挙上により心臓に戻る血流量(静脈還流量)が増加し、心臓から出ていく血流量(心拍出量)も増加することから、血圧の上昇が期待されます。頭部低位(トレンデレンブルグ位)は心機能、呼吸機能を悪化させる可能性があるため避けてください。
フェイスマスクを用いて酸素投与(5 L/分以上)を行う。
血管迷走神経反射により生じた脳血流の低下に対し、脳内の酸素化を改善させる効果があります。
バイタルサインの測定を続け、患者さんの症状を評価する。
1~3の対応で改善が認められない場合は、救急搬送を考慮してください。静脈路を確保し、アトロピンやエフェドリンを投与することに慣れている先生は実施してもよいと思いますし、歯科麻酔専門医はそのように対応します。しかし慣れてない場合、または点滴や緊急薬剤の準備がない場合は、無理せず救急搬送を優先しましょう。
今回は局所麻酔後に起こりやすい全身的偶発症である血管迷走神経反射についての解説でした。
AneStem YouTube でも動画で詳しく解説をしていますので、ぜひそちらもご覧ください。